薬作り職人のブログ

新薬のアイデアを考える人から見たいろんな話。

スポンサーサイト はてなブックマーク - スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

このエントリーをはてなブックマークに追加

[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

「モノ」が発見されるということ。 はてなブックマーク - 「モノ」が発見されるということ。

科学の世界では、「概念」と「実体を持ったモノ」が登場します。「概念」は、さまざまな発見や実験事実から、頭の中で抽象的に考えられた「モデル(理想像)」です。一方、「実体を持ったモノ」は、頭の中だけでなく実際に存在することが実験的に示された「モノ」です。

 

「概念」だけであっても、科学技術への応用などを行うことは十分に可能です。数学的表現などで概念が具体化されていれば、それを元にして現実にほしい製品へと落としこむことはできます(それがエンジニアの仕事ってことです)。

 

しかし、その概念が提示する「モノ」が発見されると、概念だけだった時よりもできる事は爆発的に増加します。「モノ」というのは、いろいろと「いじる」ことができるからです。また、こうして新しくできるようになった研究から、全く新しい概念が生まれたりすることもあります。

 

そんな「概念」と「モノ」の関係を薬作りの世界で見てみましょう。例として取り上げるのは「受容体」です。

 

現在使われている薬の多くは、細胞の表面に存在する「受容体」というタンパク質に結合することで作用を示します(細胞核の中に存在する受容体もあります)。生体の働きをコントロールする生体内分子(ホルモンや神経伝達物質など)は、受容体に結合することで、細胞内の様々な情報伝達経路を活性化したり抑制したりして、細胞に様々な作用を引き起こします。

 

受容体に結合する化合物は、ホルモンや神経伝達物質が受容体に結合できなくさせたり、逆にホルモンや神経伝達物質と同じ働きをすることによって、細胞機能を調節することができます。つまり、薬としての作用を示すことができるというわけです。

 

この受容体という概念は、1900年、細菌学者エールリヒによって免疫学の概念として提出されました。エールリヒの主張は「側鎖説」と呼ばれるものです。エールリヒは、白血球の表面には他種類の「側鎖」という構造があると考えました。そして、それぞれの側鎖は、異物と結合する能力があり、異物と側鎖が結合することで、白血球が抗体(異物排除に関与するタンパク質)を産生する、と主張しました。この「側鎖」の考え方は、先に述べた「受容体」が持つ性質と一致します。

 

エールリヒは、この考え方を推し進め、細菌に結合する化合物(これは、細菌の側鎖に結合する化合物と考えることができます)を探索することで化学療法剤であるサルバルサンを開発しました。しかし、エールリヒは「側鎖」が実際にどのようなものであるかを「モノ」として示すことはできませんでした。

 

その後、さまざまなホルモンや神経伝達物質が発見されました。これらの物質と「受容体」との関連性を最初に結びつけたのは、薬理学者クラークです。アセチルコリンは心臓活動に対する抑制作用を示します。クラークは、アセチルコリンが心臓に作用する量と心臓の大きさから、アセチルコリンが心臓の表面に作用する部分の面積を計算しました。その結果、野の面積は心臓表面のごく僅かな割合であることを示しました。クラークは、この僅かな部分に「受容体」という構造が存在し、アセチルコリンと結合するという仮説を立てました。

 

クラークがエールリヒと違ったのは、数式を用いてアセチルコリンと受容体の結合の様子を表現したことです。この数式を用いると、アセチルコリンの量からアセチルコリンの受容体への結合量が計算できます。アセチルコリン受容体への結合量が心臓に対する作用に対応すると考えると、アセチルコリンの量と心臓への作用が数式で表わせることになります。これは、心臓の作用に対する薬の効果を数値(EC50,IC50)を用いて表すことができるようになったことを意味します。

 

また、この数式を応用すると、アセチルコリンの作用を邪魔する化合物が存在した時、心臓の作用がどうなるかということを予測することができます。逆に、実験データからアセチルコリンの働きを抑制する化合物が、アセチルコリン受容体でどのようにアセチルコリンを邪魔しているのかを推測することができます。

 

これらの過程では、「受容体」という「モノ」は登場しません。出てくるのは、生物反応を示す組織・細胞と、生物反応によって得られたデータ、そして受容体と化合物の関係を表す数式(の中に現れる受容体の概念)だけです。しかし、これだけのものがあれば、化合物のキャラクターを把握することは十分可能です、つまり、薬作りの方法論が整ったことになります。

 

有機化学が進歩した1950年代には、様々な化合物を作って受容体に対する作用を調べ、薬を作り出す試みがなされました。化合物の構造をすこしずつ変えていくと、化合物と受容体の結合の強さも変わっていきます(これを構造活性相関といいます)。このことから、受容体の構造の中には、化合物の構造とうまくフィットする部分(結合部位)の概念が生まれました(これも頭の中だけの話です)。

 

そして、沢山の化合物の構造の化学的性質から、受容体の結合部位の性質を想像して、結合部位により強くピッタリとフィットする化合物が合成できるのではないかという考え方が生まれました。この考えを推し進め、多くの薬を創りだした薬理学者がブラックです。ブラックは、1960-70 年代に、現在でも使用されているH2遮断薬シメチジン、β遮断薬プロプラノロールを生み出しました。現在の薬作りは、基本的にブラックの方法論に基づいています。その功績から、ブラックは1988年に「薬物療法における重要な原理の発見」という功績でノーベル生理学・医学賞を受賞しました。

 

さて、ここまで、受容体は「概念」としての存在でした。「モノ」としての受容体を見出したのは、分子生化学者たちでした。1980年代になると、遺伝子のクローニング技術の発達により、生体内の様々なタンパク質の遺伝子が同定されました。その中には、特定のホルモンや神経伝達物質と結合する分子、すなわち「受容体」が含まれていたのです。

 

「モノ」として受容体が見つかると、これまでの「概念」が一挙に具体的な形となって見えてきます。受容体のアミノ酸配列を解析することで、大体の受容体の形が予想できるようになりました(X線構造解析の技術で細胞膜受容体の構造を捉えるのには、長い時間がかかりましたが)。また、似たようなアミノ酸配列のタンパク質を探すことで、まだ見つかっていない受容体を探しだすことができるようにもなりました。これに加え、受容体のアミノ酸配列を変えた変異受容体を用いることで、化合物と受容体の結合部位がどこにあるのかを類推することができるようになりました(これは、頭の中で描いていた「結合部位」のイメージを具体的に表すことができる様になったことを意味します)。受容体がモノとしてとれたので、受容体を認識する目印となる抗体を作ることが可能となり、受容体がどの組織のどの細胞にあるのかが目で分かるようになりました。

 

これらの知識や技術は、薬作りの幅を爆発的に広げました。1990年代から、ブロックバスターと呼ばれる新薬群が多数世の中に出てきたのは、このような技術の流れがあったからです。「概念」から「モノ」への移行は、科学そして科学技術の世界を大きく前進させるのです。

 


先日話題になった「ヒッグス粒子の発見」も、理論の中の「概念」が、実体を持った「モノ」として捉えられたことに大きな意味があります。「モノ」として扱えるということで、素粒子物理学の領域では、ヒッグス粒子関連のより様々な研究ができるようになったからです。実験科学者にとって、これほどうれしくワクワクすることはありません。

 

単純に「予想されてたものが見つかってよかった」レベルのことではないのだと思います。たとえ、見つかったものが「ヒッグス粒子」ではなく「別の新しい素粒子」だったとしても、頭の中にあった「概念」が「モノ」に化けたことで、さまざまな知見を得るための準備が整った、ということなのです。

関連記事

このエントリーをはてなブックマークに追加

[ 2012/07/08 08:08 ] お薬作りの日記 | TB(-) | CM(-)
 

スポンサードリンク

この日記のはてなブックマーク数

このブログが生まれて
最近のコメント
プロフィール

薬作り職人

Author:薬作り職人
十数年、新薬の研究に携わる研究者(薬理系)でした。2012年4月から、企画職として、新薬のアイデア作りなどの仕事に取り組むことになりました。

薬学生向けの季刊誌MILで、「名前で親しむ薬の世界」「薬作り職人の新薬開発日記」って言うコラムを連載してました。

観光地で売ってるミニ提灯集めてます。妻子持ち(2児の父)、嫁さんからぐうたら亭主と呼ばれます。


薬&提灯 詳しくは
病院でもらった薬の値段
http://kusuridukuri.cho-chin.com/

お薬の名前の由来
http://drugname.onmitsu.jp/

ミニ提灯データベース
http://kentapb.nobody.jp/
でどうぞ。


本ブログに関するご質問・ご意見などはこちらまで↓
ご使用の際は、@マークを半角に直してください。

kentapb@gmail.com

トラックバック


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。
Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...