2012年5月29日、協和発酵キリンから「再発又は難治性の CCR4 陽性の成人 T 細胞白血病リンパ腫」を適応としたポテリジオ(主成分 モガムリズマブ)が発売されました。
成人 T 細胞白血病リンパ腫(ATL)は、血液中の免疫細胞であるT細胞にヒト白血病ウイルス1型(HTLV-1)が引き起こす血液のガンです。HTLV-1(主感染経路はボイシ感染)は通常は症状を起こさず体内に潜伏しています(このような感染患者をキャリアと呼びます)。そして、キャリアが40歳を過ぎると、1000人に1人の割合でATLが発症します(厚生労働省のサイトに、ATLについてのわかりやすい説明が掲載されています)。
ATLについては、現在標準的な治療法は存在しません。これは、ALTの悪性度が高い上に、薬剤への治療抵抗性や治療後の再発が多く見られるからです。薬剤以外の治療法である「同種造血幹細胞移植」(骨髄移植や末梢幹細胞移植など)は、ATLに効果があるとされています。しかし、対象となる患者さんは限られる(特に、ATLには高齢者の患者が多い事情もある)ことから、広い範囲の患者さんに適応可能なATL治療薬の開発が望まれてきました。
ATLの患者さんの90%は、表面にCCR4というタンパク質が存在する「CCR4陽性ATL細胞」と呼ばれるリンパ球細胞をもつことが知られていました。CCR4陽性ATL細胞をもつ患者さんはATLの経過が悪いことが知られており、この細胞を特異的に破壊することでATLが治療できるのではないか、と考えられてきました。
そこで、CCR4陽性ATL細胞のみを標的とし、これを破壊することを目標として開発されたのがポテリジオです。
ポテリジオは直接CCR4陽性ATL細胞を攻撃するのではありません。ポテリジオは、モノクローナル抗体というタンパク質で、ATL細胞表面上のCCR4に特異的に結合します。そして、ポテリジオは、CCR4陽性ATL細胞とガン細胞を攻撃する免疫細胞(エフェクター細胞:NK細胞など)との間を橋渡しする役割を果たします。この「橋渡し」が成立するとADCC(Antibody-Dependent Cellular Cytotoxicity:抗体依存性細胞傷害)と呼ばれる機構のスイッチが入って、ATL細胞は破壊される、というわけです。
この過程をイラストにするとこんな感じ(Wikipediaからの引用)
(腫瘍細胞に抗体が結合し、抗体を介してNK細胞が結合し、NK細胞が細胞傷害物質を出し、腫瘍細胞は死ぬ、という模式図)
抗体には、特定のタンパク質(抗原)に結合する抗原結合部位(Y字型の分かれてる部分)と、その反対側にある免疫細胞結合部位(Y字型の根元の部分)が存在します。抗体は、抗原結合部位を介してATL細胞上のCCR4に結合し、免疫細胞結合部位を介して、エフェクター細胞と結合します。
エフェクター細胞は、抗体と結合すると、抗体に結合している相手方の細胞を攻撃するための様々な傷害物質を放出し、標的細胞を破壊します(抗体との結合によって、毒霧を吐き出す感じ、と何かの授業で聞きました)。この過程をADCCと呼んでいます。
つまり、ポテリジオは、CCR4陽性ATL細胞に選択的に結合することでADCCのスイッチを入れ、ATL細胞を破壊するのです。ちなみに生体には、CCR4陽性ATL細胞以外にもCCR4を発現する細胞(血小板)があるのですが、ポテリジオは血小板のCCR4には結合せず、ガン細胞特異的な効果が得られます。
ADCCを引き起こす抗体は、これまでにも医薬品で使用されてきました。しかし、協和発酵キリンの研究者は、独自に開発した「ポテリジェント技術」を用いて、ADCC活性をこれまでの抗体に比べ100倍以上引き上げました。ポテリジェント技術では、抗体を構成する糖鎖のなかのフコースという糖の量を減らすという工夫がなされています。このポテリジェント技術は、薬剤の効果を高める上で、非常に有効なものでした。
ポテリジェント技術の内容については、以下のサイトでわかりやすく説明されています。
抗体物語-3.抗体の応用-其の24「抗体の中心で、糖をなくす ~ポテリジェント技術~」
CGを使って視覚的に紹介。
ここまでの説明で予想できるように、ポテリジオが効果を示すためには、CCR4陽性ATL細胞の存在が必要です。つまり、CCR4陽性ATL細胞が存在しない患者さんでは、ポテリジオは効果を示しません。そのため、ポテリジオを投与する前には、CCR4陽性ATL細胞がきちんと存在することを確認しなくてはいけません。実は、そのための診断キット「ポテリジオテスト」も発売されています。
協和発酵キリン_ニュースリリース_2012年5月7日 「ポテリジオ(r)」のコンパニオン診断薬「ポテリジオ(r)テスト IHC」、「ポテリジオ(r)テスト FCM」新発売のお知らせ
ポテリジオテストのように、単一の分子が標的となる薬剤を使用する前に、患者さんがその分子を持っているかどうかを判定するための診断薬を「コンパニオン診断薬」と呼んでいます。
近年、抗がん剤においては、特定の遺伝子変異や特定の分子をもつガンを狙った薬剤がふえています。これらの薬剤の使用にはコンパニオン診断薬の存在が必要となります。コンパニオン診断薬による患者の絞り込みは、有効性の向上や、「効かないのに副作用だけ生ずる」という不利益の低下を可能にします。そのため、これからは「コンパニオン診断薬と治療薬の組合せによる治療」というパターンが増加すると考えられます。これが、「個別化医療」と呼ばれるものです。
個別化医療というのは、これまでの「なるべく広く多くの人に効果を示す薬をつくる」という薬剤開発方法とは、真逆の方向を行く方法です。つまり、「狭く特定の人に確実に効果がある薬を多種類つくる」と言うやり方です。製薬会社にとっては、関連する分子により病気を細分化することにより、開発速度が上がるという(化合物探索、臨床試験がやりやすくなる、臨床試験失敗の可能性が減る)メリットがあります。
というわけで、製薬会社は個別化医療に向けた開発姿勢のシフトを行なっていくのではないかと思います。もちろん、そのためには基礎研究や臨床研究と創薬現場との結びつきがきっちりできていることが必要です。これら3者のコーディネートを何らかの形で行うシステムの構築・改善が大事になると考えます。
Author:薬作り職人
十数年、新薬の研究に携わる研究者(薬理系)でした。2012年4月から、企画職として、新薬のアイデア作りなどの仕事に取り組むことになりました。
薬学生向けの季刊誌MILで、「名前で親しむ薬の世界」「薬作り職人の新薬開発日記」って言うコラムを連載してました。
観光地で売ってるミニ提灯集めてます。妻子持ち(2児の父)、嫁さんからぐうたら亭主と呼ばれます。
薬&提灯 詳しくは
病院でもらった薬の値段
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