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薬作り職人のブログ

新薬のアイデアを考える人から見たいろんな話。

美白が行き過ぎると害になる、という話。 はてなブックマーク - 美白が行き過ぎると害になる、という話。

カネボウ化粧品が美白製品(肌のくすみやシミをケアするための化粧品)のうち、「ロドデノール」とよばれる成分を含む製品について、自主回収を実施することを発表しました。

 

お詫びと自主回収についてのお知らせ | カネボウ化粧品
ロドデノール ...

 

さてこのたび、株式会社カネボウ化粧品並びに株式会社リサージ、株式会社エキップの製造販売する美白製品のうち、「医薬部外品有効成分“ロドデノール” 4-(4-ヒドロキシフェニル)-2-ブタノール」の配合された製品をご使用された方に、「肌がまだらに白くなった」ケースが確認されました。

 “ロドデノール”は、様々な安全性試験を実施して厚生労働省より薬事法に基づく承認を得た、医薬部外品有効成分です。しかしながら、“ロドデノール”と上記症状との関連性が懸念されるため、自主回収が適切であると判断をいたしました。

 

これらの化粧品の使用者数や見つかった経緯については、こんな感じ。

 

カネボウ、化粧品回収に50億円 ブランドにも打撃 - ニュース - アピタル(医療・健康)

 

 

 

カネボウ化粧品と同社子会社のリサージ、エキップの計3社は4日、美白成分が入っている化粧品約45万個を自主回収すると発表した。主力製品も含まれ、国内で約25万人が使っているという。

 

今年5月、皮膚科医からカネボウ化粧品に「肌がまだらに白くなった人が3人いる」と連絡が入り、被害が発覚した。同社がさかのぼって調べたところ、11年以降で、同様の症状が出たと思われる例が39件あったという。

 

リンク先の記事に「まだらに白くなった肌」の写真が出ていますが、たしかに皮膚の一部が「色が抜けた」感じになっています。カネボウ化粧品が発表しているロドデノールの作用メカニズムによれば、この状態は、皮膚のメラニン色素が極端に抜けた状態、ではないかと思われます。

 

回収された美白製品の有効成分「ロドデノール」は、皮膚においてメラニン色素(黒色・赤褐色)産生に関わる酵素「チロシナーゼ」の働きを抑制し、美白作用を示すとされています(カネボウ化粧品資料)。メラニンは、生体内でチロシンというアミノ酸から産生されます。チロシンは、チロシナーゼによりドーパという化合物になり、さらにドーパキノンという化合物になります。このドーパキノンは化学反応性が非常に高く、ドーパキノンから変化した様々な物質同志がそれぞれ結合しあうことで(これを重合反応といいます)メラニンの分子を作ります。ロドレノールは、チロシンによく似た構造をしているので、チロシナーゼにチロシンが結合するのを邪魔します。すると、チロシナーゼがメラニンの材料であるドーパやドーパキノンを作れなくなるので、メラニンの産生は抑制されるというわけです。

L tyrosineロドデノール

 

考えてみれば「美白化粧品」と銘打って発売されている商品なので、「肌が白くなる」こと自体は「商品の効果がある」ことでもあります。ただし、今回は、人によって美白効果が非常に強く現れかつその効果がまだらに出てしまったわけです。本来の目的とは異なり、消費者にとって害にしかならなかったということですね。個人的には、世の中の「美白化粧品」の効果は「白くなったように思える」「白くなったように見せる」程度のものだと思っていました。今回の結果は、(望まれた形ではないにしろ)「美白効果」が得られたということで、それはそれで驚いています。

 

カネボウ化粧品の社長の記者会見では「正直なところメカニズムがわからない」と主張しているようです。しかし、美白効果が確かなものとわかっていたのであれば、このコメントは奇妙です。美白効果があることを前提とすれば、このような現象が起こった原因について、可能性くらいは考えられるのではないでしょうか。

  

「メカニズムがわからない」 カネボウ化粧品・夏坂社長、まだら美白問題で困惑隠せず - MSN産経ニュース
「正直なところメカニズムがわからない。 ...

 

 

 「正直なところメカニズムがわからない。日焼け止めにも使われており、日光との関係性を研究テーマに考えているが、あくまで仮説。」

 

美白効果がまだらに強く出るということは、美白効果の有効成分である「ロドレノール」が、その部位で強く作用したということです。私は、皮膚科学については素人なので、推測でしか物をかけません。しかし、例えば、「皮膚に直接塗って使用する」という化粧品の性質から、「今回の現象では、皮膚の一部がロドレノールを非常に吸収しやすい状態になっていた」可能性は容易に想像できます。

 

皮膚には、体外の物質を体内に入れないための「バリア機能」が備わっています(花王の皮膚バリア機能についての解説ページ)。皮膚のバリア機能は、アトピー性皮膚炎やドライスキンなどの状況では弱まります。すると、体外からの物質が容易に体内に侵入できるようになります。ロドレノールは、このバリア機能をくぐり抜け、皮膚に塗った一部がメラニンを産生する細胞までに到達していると思われます(細胞に直接作用する濃度の何倍くらいのロドレノールを塗布しているのかは知りたいところです)。もし皮膚のバリア機能が部分的に低下している人がロドレノールを皮膚に塗れば、バリア機能が低下している場所では、当初想定していたよりも多くのロドレノールが皮膚から吸収される可能性はあります。

 

皮膚の細胞に何らかの生理学的作用を及ぼすことで美白をうたうのであらば、このようなことは当然想定されていると思います。しかし、それを加味した安全性確認試験が行われていたのかどうか(例えば、ドライスキンのようなバリア機能が低下した人への安全性確認試験)は、現時点ではわかりません。もし、そのような試験が行われていなかったのであれば、今後の製品開発では考慮に入れたほうが良いのではないかと考えます。 

 

 

追記

ロドレノールには、この作用の他にも、メラニン産生を抑制させるメカニズムが存在することが、カネボウ化粧品から報告されています。詳しい作用メカニズムについては、カネボウ化粧品からプレスリリースが発表されています(プレスリリースによると、2011年の日本薬学会で発表予定でした。余談ですが、この学会は東日本大震災の影響で開催中止となっています。なお、発表内容のアブストラクト(要旨)は読めます)。

 

“ユウメラニン(黒色メラニン)”を顕著に減少させる新効果を発見

 


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[ 2013/07/06 20:08 ] 薬の話 | TB(-) | CM(-)

抗体医薬品の開発を後押ししたいのはわかるけど。 はてなブックマーク - 抗体医薬品の開発を後押ししたいのはわかるけど。

 先日、このようなニュースを見かけました。

 

抗体医薬品開発へ新拠点整備 経産省、13年度予算案に26億円計上 - SankeiBiz(サンケイビズ)
抗体医薬品開発へ新拠点整備 ...

 

ヒトの免疫機能を活用した「抗体医薬品」の開発を後押しするため、経済産業省は製薬会社や機器メーカー、大学などを集めた新拠点を整備する計画を進めている。がん細胞など標的となる病原体に直接作用することから、副作用が少ないとされる最先端の薬だが、海外メーカーの製品が大半を占めているのが現状。経産省は産官学の連携効果を生かし、5年以内をめどに新薬開発の技術確立を目指す。

 

ただ、国内メーカーの参入は遅れており、経産省は製造技術の向上を図るため、新拠点の整備を計画。2013年度政府予算案に26億円を計上した。

 

抗体は、体外からの異物を認識する働きをもつタンパク質です。抗体は、タンパク質の構造(の一部)を認識して、強く結合する性質を持っています。抗体が、標的タンパク質と結合することにより、標的タンパク質の機能を止めることができます。また、抗体によって、特定のタンパク質を持つがん細胞のみを選択的に攻撃する(正常な細胞には影響を与えない)ことも可能です。

 

この記事に書かれている通り、抗体医薬品は海外メーカーによるものが主流です。その原因が「抗体の製造能力の差によるもの」と経済産業省は考えたらしく、その状況を改善するために大学との連携を高めるということです。

 

個人的には、このやり方には疑問を感じます。国内メーカーでも、優れた抗体産生技術を持つメーカーはあるからです。

 

協和発酵キリン_研究開発_抗体技術

 

 

 

よくわかる抗体医薬品|バイオのはなし|中外製薬

 

国産の抗体医薬品が少ない理由は、日本の企業の抗体医薬の作成能力の低さ、ではありません。「日本の大手製薬会社が、抗体医薬に取り組む姿勢が乏しかった」ということが理由です、これは、「抗体医薬の可能性を読めなかった企業が多かった」ということでもあります。

 

今、日本が抗体医薬品の世界で、世界より前に進もうとするなら、必要なのは以下の項目です。

・抗体のターゲットとなるタンパク質(抗原)の発見。そのためには、病気の原因となるタンパク質(遺伝子)の発見が必要

・抗体の効果を高めるために、抗体をチューンナップするための方法論の研究

 

これらは、世界各国の基礎研究者がしのぎを削っている領域です。この領域にお金をかけることが、将来の医薬品開発に必要なシードを得るために必須であることを、皆知っているからです。

 

経済産業省が掲げている「抗体産生能力の向上」も大事ではあります。ただ、上記の施策でできるのは、「今でも手に入るレベルの抗体医薬品をより効率的に作れる」環境です。その環境が、企業にとってどれだけ魅力的なのか、医薬品産業を産業の主流にしたいというのが国の目標にとってふさわしいものなのか。

 

薬を作る立場からすると、疑問かつ歯がゆいものを感じます。

 

薬作りにおいては、国(大学などの研究機関)と製薬会社が、それぞれ得意な分野で能力をフルに発揮することが必要です。

 

大学が得意なのは、薬を作るための種(病気の原因となる遺伝子やタンパク質の解明、薬を使いやすくするための基礎技術の開発)を見つけることです。一方、製薬会社が得意なのは、その種を成長させ、実際に患者さんや医療現場で使えるものにすることです。

 

アメリカではNIH(アメリカ国立衛生研究所)という国の機関が、基礎研究分野(病気の原因の解明や薬剤開発に必要な技術など、薬作りの元となる研究)において、活発な研究活動および他の基礎研究機関への資金援助を行なっています。これらの基礎研究活動から、薬を作るための種(シード)がうまれ、それがベンチャー企業や大手製薬企業によって医薬品へと育てられていきます。

 

もちろん、日本でもこのような動きはあります。ただし、医薬品開発の世界に特化しては、このような役割分担がきちんとできていないように思えます。外から見ていると、文部科学省、厚生労働省、経済産業省のどこが何を仕切っているかさえ、よくわからないところがあります。

 

誰が旗を振って、いろんな機関・役所を束ねるのか。誰かが、早いこと決めないといけないとおもいます。

 

 


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[ 2013/02/06 00:12 ] 薬の話 | TB(-) | CM(-)

「薬作り職人のブログ」が選んだ、薬の世界の6大ニュース。 はてなブックマーク - 「薬作り職人のブログ」が選んだ、薬の世界の6大ニュース。

2012年も明日で終わろうとしています。

今年書いたお薬関連の記事から、2012年を振り返ってみたいと思います。

 

1.「Gタンパク質共役型受容体の研究」ノーベル化学賞受賞

ノーベル化学賞を受賞したレフコウィッツ教授及びコビルカ教授の業績は、今年のお薬関連の話題として外すことはできません。今回、受賞の対象となった「Gタンパク質共役型受容体の研究」は、現在使われている多くの薬に共通する作用メカニズムを明らかにしたものです、また、この研究により、GPCRと呼ばれるタイプのタンパク質を標的とした薬剤の開発が飛躍的に発展しました。長年薬理学の世界にいた私にとって、この受賞は非常にうれしいものでした。

 

 参考記事

細胞の外から中にどうやって情報が伝わるかー2012年度ノーベル化学賞薬作り職人のブログ

なんでこの業績はノーベル化学賞なんだろう。薬作り職人のブログ

 

2.山中伸弥教授ノーベル生理学・医学賞受賞

今年は、山中伸弥先生がノーベル生理学・医学賞を受賞し、日本中が盛り上がりました。山中先生が開発したiPS細胞は、再生医療だけでなく、薬作りの世界にとって協力なツールになると考えられています。ただし、これが薬作りを今すぐ飛躍的に進化させるか、というと、そういうわけでもないかな、と思います。今回の受賞は、医療や薬作りへの応用に対する貢献と言うよりは、「細胞のリプログラミング(体の様々な臓器の細胞を、臓器の細胞になる前の「振り出し」に戻す行為)を、遺伝子を導入するという人工的な手法で成し遂げた」という生物学的な大発見に対する受賞だと思います。

 

参考記事

 山中伸弥教授、2012年ノーベル医学生理学賞受賞!薬作り職人のブログ

iPS細胞の利用で、新薬開発の成功率は上がるの?薬作り職人のブログ

 

3.ポテリジェント技術を用いた日本発抗体医薬「ポテリジオ」

協和発酵キリンが開発した「ポテリジェント技術」を利用した新薬「ポテリジオ」が発売開始となりました。ポテリジオは「再発又は難治性の CCR4 陽性の成人 T 細胞白血病リンパ腫」に対する治療薬で、リンパ腫の原因細胞である「CCR4陽性ATL細胞」を選択的に殺す作用を持ちます。ポテリジェント技術は、ガン細胞を殺す能力を格段に挙げるための技術で、日本オリジナルの技術です。今後も、同様の技術を用いた他の疾患に対する薬剤が登場することが期待されます。iPS細胞同様、日本初の技術が薬の世界を変えてくれることを規定しています。

参考記事

ガン細胞と免疫細胞をつなぐ橋ーCCR4 陽性ATL治療薬「ポテリジオ」薬作り職人のブログ

 

4.アルツハイマー病治療薬「バピヌズマブ」開発中止

新薬開発の中で、最も難易度が高いとされているのは「アルツハイマー病治療薬」の開発です。アルツハイマー病の進行を遅らせる薬剤は臨床で使われるようになりましたが、アルツハイマー病の進行を完全に止める薬剤は未だ存在しません。多くの製薬会社が取り組んで入るのですが、今年も良い知らせを効くことはできませんでした。アルツハイマー病治療薬の開発戦略はこれでいいの?という、根本的なところから考えなおさないといけないのかもしれません。

 

アルツハイマー病治療薬「バピヌズマブ」開発中止。薬作り職人のブログ

 

5.薬やサプリで体重を落とすということ

アメリカでは、抗肥満薬の新薬が2剤承認されました。もちろん、病的な肥満(薬でコントロールしなければ、大きなリスクがある)人に対する薬であり、普通の人がダイエット感覚で使うような薬剤ではありません。日本では開発されていないようですが、海外から輸入によって容易に入手できる薬にはなりそうです。これらの薬剤は、脳に働きかけて食欲を抑制させる作用を持ちます。病的な肥満の人には有用な薬剤ですが、無理に体重を落とす必要がない人にとっては、有用性よりも悪い面のほうが大きく出るような気がしてなりません。

一方、サプリや食品の世界でもダイエットの話題が大きく取り上げられました。

「トクホ」(特定保健用食品)の世界では、「メッツコーラ」が話題になりました。食事の際の脂肪吸収を抑え、体重増加を防ぐという商品です。「コーラでダイエット」という、普通は考えつかないようなアイデアが、メッツコーラの爆発的人気を呼びました。

また、食品の世界では「トマトの成分に脂肪燃焼作用がある」ということでトマトジュースが爆発的に売れた、というニュースもありました。 

これらのサプリや食品の世界の話題においては、「体重に対する作用が、きちんと実験によって確認されているのか」「大学の研究室で行われている動物実験レベルの話を、そのままヒトに当てはめていのか」などの点が問題となりました。これは、情報の送り手側だけでなく情報の受け手側も常に気にかけておく必要性がある事柄です。


参考記事


「欲」を抑える薬。薬作り職人のブログ

抗肥満薬はダイエットに使うものではありません。薬作り職人のブログ

コーラとトクホという組み合わせは、面白いんだけど。薬作り職人のブログ

トマトジュースを買うのもいいですが。薬作り職人のブログ


6.後発医薬品・薬価改定

社会保障費の増加が問題になっている中、削減のターゲットとして常にあげられるのが「薬剤費」です。価格が安い「後発医薬品」(ジェネリック医薬品;特許が切れた薬について、他の会社が全く同じ成分・用量で製造する医薬品。開発費用がかからないので安価)の使用促進によって、薬剤費を削減しようとの動きが盛んです。もちろん、この動きは社会保障精度を維持するために必要なものです。しかし、後発医薬品を促進する分、今後開発される新薬の価値・価格についてはきちんと評価されるべきだと考えます。

 

参考記事

薬の値段が変わる季節。薬作り職人のブログ

「エスタブリッシュ医薬品」という名前に込められたもの。薬作り職人のブログ

おまけ(↓これは今年のエイプリルフールネタです)
新しい後発品使用促進策。薬作り職人のブログ

 

今年は、ブログ執筆の時間があまり取れませんでした。そんな中、ここで取り上げたニュースは「記事を書かずにはいられない」レベルのものでした。来年は、記事を書かずにはいられない「良い」ニュースが、次から次へと出てきてくれることを期待したいと思います。


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[ 2012/12/30 21:53 ] 薬の話 | TB(-) | CM(-)

お薬の世界の「イブ」の話。 はてなブックマーク - お薬の世界の「イブ」の話。

今日はクリスマスイブ。英語で書くと" Christmas Eve"ですね。

 

Eveは、祝日や教会のお祭りなど「大事なイベントの前日・前の晩」を表す言葉です。"Eve"という単語は、夕方(evening)を表す"even"から生まれました。日本では、「イブ」といえばクリスマス・イブをイメージしますが、クリスマス以外にもイブという言葉を使う場面はあるのですね・

 

お薬の世界でも"イブ"という名前が用いられています。ご存じの方も多いと思いますが、"イブ"(EVE)は、エスエス製薬が発売している鎮痛薬のブランドです。

 

 エスエス製薬「イブ」ブランドサイト

 

”イブ"の名前は「イブプロフェン」という化合物の名前に由来すると言われています(ただし、正式なソースは見当たりません)。イブプロフェンは、1960年代に英国の製薬会社によって開発された、解熱鎮痛作用を持つ化合物です。

 

「イブ」の由来は、「イブプロフェン」の「イブ」に由来する、とすれば、非常にわかりやすいお話です。ただ、英語の目でみてみると、いろいろとズレは出てきます。

 

イブプロフェンを英語で表記すると、"Ibuprofen"となり、イブの英語表記の”EVE"とは異なります。まぁ、日本ではイブと言えばクリスマスイブ。皆が見慣れた”EVE”のスペルのほうが”IBU"より圧倒的に見栄えがいいような気はします。風邪薬は冬に売れるものなので、季節的にもピッタリですし、コマーシャルもしやすいかもしれません。”EVE”のスペルにしたのもわかるような気がします。

 

あと、スペル以前に、Ibuprofenの英語での発音は「イブプロフェン」ではありません。

ちゃんとした発音へのリンク

あえてカタカナで書くと、「アイビュピュロフェーン」みたいな感じ。スペルの先頭のIは、「イ」じゃなくて「アイ」と読むんですよね。イブプロフェンというのは、あくまで日本人が日本語的に読んだ時の名前というわけです。

 

イブという名前の正式な由来は不明ですが、「日本語読みのイブプロフェンと季節柄?お似合いのEVEというスペルを組み合わせた」っていう仮説はありそうな気がします。

 

以下、イブプロフェンについてのお話を少し。

 

イブプロフェンは、シクロオキシゲナーゼ(cyclooxygenase:COX)という酵素の働きを止める作用を持ち、COX阻害薬と呼ばれます。COXはプロスタグランジンという物質を合成する働きを持ちます。プロスタグランジン(特にPGE2とよばれる種類)は、炎症のときにCOXはにより産生され、痛みや発熱の原因となります。イブプロフェンは、プロスタグランジン産生を抑制することで、痛みや発熱を軽減します。

 

日本では、イブプロフェンはもともと医療用医薬品(医師によって処方される医薬品)として使用されていました。しかし、1985年(昭和60年)、イブプロフェンは一般用医薬品(医師の処方箋なしで購入可能な医薬品、カウンター越し over the counter に購入することか「OTC医薬品」とも呼びます)に指定されました。

 

イブプロフェンがOTC医薬品となったことで、イブプロフェンは薬局やドラッグストアで手軽に購入できるようになりました。各社がイブプロフェンを配合した風邪薬を発売した中、エスエス製薬が1985年に発売を開始したのがイブシリーズです。イブシリーズ(イブ、イブA錠、イブクイック頭痛薬)には、イブプロフェンが配合されていることから、ブランド名の”EVE"は「イブプロフェン」のイブなのではないか、と言われています(ちなみに、イブシリーズのなかでも、外用剤であるイブアウターシリーズについては、イブプロフェン以外のCOX阻害薬(インドメタシンもしくはジクロフェナクナトリウム)が配合されています)。

 


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[ 2012/12/24 19:24 ] 薬の話 | TB(-) | CM(-)

23年前の薬理学の教科書をながめてみた。 はてなブックマーク - 23年前の薬理学の教科書をながめてみた。

会社で雑談をしている時に、上司と大学時代の薬理学の授業の話になりました。

 

「どんな薬を習ってたか」なんて話題になると、「あの薬はまだ出てなかったよな」「この薬もまだ出てたなかったな」なんて言葉が止まりません。私が大学で薬理学の授業を受けたのは1990年くらい。20年前には、今、世の中でごく普通に使われている薬は、ほとんど世に出てなかったんだなぁ、と実感しました。

 

家に帰って、大学時代使ってた薬理学の教科書を引っ張りだし、パラパラとめくってみます。教科書は、1989年に発行された「NEW薬理学」の初版(今は、第6版まで出てるようですね)。薬理学の教授が「すごくいい教科書が出たんだ」とベタ褒めしてたのが懐かしいです。

 

23年前の教科書を見てみると、こんな感じ。この20年でいかに華々しく新薬が登場してきたか、がわかります(というか、ほとんどが1990年代の成果なのですが)。

 

一番変化を感じるのは糖尿病治療薬の項です。教科書の掲載されているのは、インスリンとSU剤(スルホニルウレア剤)しか紹介されていません。現在、糖尿病治療薬の選択肢は、チアゾリジン系誘導体、αグルコシダーゼ阻害剤、DPP4阻害剤、GLP1アゴニストがあり、23年前とは全く治療の幅が異なっていることがわかります。

抗うつ薬の項には、抗うつ薬の世界に革命を起こしたSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)は掲載されていません。代表的SSRIであるフルオキセチン(商品名プロザック)がアメリカで発売されたのは、1988年です。抗うつ薬といえば、三環系・四環系抗うつ薬とMAO(モノアミン酸化酵素)阻害薬の時代でした。

 

アルツハイマー病治療薬の項には、ドネペジル(商品名アリセプト)に代表されるコリンエステラーゼ阻害薬は掲載されていません。わずかに、コリンエステラーゼ阻害薬であるフィゾスチグミンについて「フィゾスチグミンの投与が試みられてたが、効果が不定であることや副作用により実用化されていない」との記述があります。ちなみにドネペジルは、アメリカで1996年に承認されました。

 

高血圧治療薬には、現在最もよく使われているARB(アンジオテンシンII受容体拮抗薬)は掲載されていません。世界で製品化されたARBは、アメリカで1995年に承認されたロサルタン。ARB登場前の主役であったACE(アンジオテンシン変換酵素)阻害薬については、一番最後にちょこっと紹介されているだけです。

 

抗止血薬(コレステロール低下薬)には、あまりにも有名なHMG-CoA還元酵素阻害剤(スタチン)が登場していません。世界で初めて製品化されたスタチンは、1987年アメリカで承認されたロバスタチン。ぎりぎり教科書に間に合わなかった、、という感じでしょうか。

 

胃酸分泌抑制薬には、PPI(プロトンポンプ阻害薬)がまだ登場していません。世界で初めて製品化されたPPIは、1987年、欧州で承認されたオメプラゾール。教科書の中では、H2ブロッカー(ヒスタミンH2受容体拮抗薬)が紹介されています。

 

リウマチ治療薬に関しては、現在のスタンダード治療薬であるメトトレキサートおよび抗体医薬(抗TNF抗体など)などは登場していません。メトトレキサートは急性リンパ性白血病治療薬として、抗腫瘍薬の項で紹介されています。抗体医薬にいたっては、抗体を医薬品として使用するという概念自体が紹介されていません。同様に、分子標的薬という概念も、影も形もありません。

 

ざっと見ただけでこんな感じ。私が大学で薬理を勉強し研究職についた時には、今現役で活躍している薬たち(古い教科書には紹介されていなかった薬たち)が続々と市場に出てきました。こんな薬が、いつかは自分にも作れるんだろうな、なんていう甘い(本当に甘い)夢を持っていたものです。

 

23年間の進歩はすごいな、と思うと同時に、「手が付けられそうなところはほとんど手がついてしまったのだな」という感じもします。新薬がなかなか世の中に出ない、死の谷に迷い込んだようなこの10年、はたして光はどこにあるのか。手探りの日々がまだまだ続きそうです。


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[ 2012/11/08 22:44 ] 薬の話 | TB(-) | CM(-)
 

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Author:薬作り職人
十数年、新薬の研究に携わる研究者(薬理系)でした。2012年4月から、企画職として、新薬のアイデア作りなどの仕事に取り組むことになりました。

薬学生向けの季刊誌MILで、「名前で親しむ薬の世界」「薬作り職人の新薬開発日記」って言うコラムを連載してました。

観光地で売ってるミニ提灯集めてます。妻子持ち(2児の父)、嫁さんからぐうたら亭主と呼ばれます。


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